山口地方裁判所下関支部 昭和38年(む)101号 判決 1963年7月04日
被疑者 三村穏
決 定
(被告人氏名略)
右の者に対する傷害被疑事件について、山口地方裁判所下関支部裁判官が昭和三八年七月三日になした勾留請求却下の裁判に対し、山口地方検察庁下関支部検察官より、同日右裁判の取消を求める旨の準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
被疑者に対する検察官の勾留請求について、昭和三八年七月三日に山口地方裁判所下関支部裁判官のなした右請求却下の裁判はこれを取消す。
理由
一、本件準抗告の申立の趣旨および理由は別紙勾留請求却下の裁判に対する準抗告申立書記載のとおりである。
二、被疑者に対する傷害被疑事件につき、昭和三八年七月三日検察官谷口稔より刑事訴訟法第六〇条第一項第二、二号に該当する事由があるとして山口地方裁判所下関支部裁判官に勾留請求がなされたところ、同裁判所裁判官上本公康は右法条に該当する理由がないとして同日本件勾留請求を却下したことは記録上明白である。
三、ところで検察官提出の各資料を検討するに、一件資料中の各被害者並に現場目撃者の各供述調書及び被疑者の供述調書その他、関係各資料によれば、被疑者が別紙添付の各罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があることは明白である。
そこで次に右一件記録によつて刑事訴訟法第六〇条第一項各号所定の事由の有無につき検討することゝして、
(一) 先ず被疑者が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由の有無については、本件各被疑事実はいずれも比較的多数の関係人の面前で行なわれた犯罪であり、各被害者及び目撃者の司法警察員に対する各供述調書、被害者の診断書並に本件第二の犯行に使用したスコツプ等、その証拠が一応蒐集されていると認められるところ、本件第一の犯行について一、二の目撃者を除くその他の目撃者はいずれも一団の被害者と目される者で、然かもそのうちの或る者等については相手側被疑者として同人等に対しても併行して捜査が進められている関係にある事実が認められる上、本件被疑者とは全然面識も無いか又は単に顔見知りの程度に過ぎない者がすべてゞあることが窺知されるから、特に今後の捜査において前言をひるがえして被疑者と相通ずる関係が成立するとは到底解されないのみならず、検察官の主張するバー「ふじ」の経営者並びにその従業員は、たとえ本件被疑者とは比較的懇意な関係にあり、被疑者を庇護する立場にあると考えられると仮定しても、右の者等は本件各犯行の現場については直接これを目撃していないことが窺い知られるので、被疑者と相通じても本件犯行の成否に重要な影響を及ぼし得るような工作を施すことは到底不可能と解すべく、更に被害者藤井忠、同早渕博視の両名が相被疑者でもあるから黙秘権を有し、真実の供述を得難いとの点は被疑者を勾留したと否とによつてその結論を異にするものではなく、本件犯行第二について考えるに、その目撃者のうちに被疑者の同僚が含まれていることは明白であるが、その一人は被疑者の勤務上の監督者であるばかりでなく、同時にその場には、その他被疑者を庇護すべき関係にない多数の目撃者が居合わせたこと等を勘案すると、これ等の者と通謀し、又は圧迫を加えて積極消極の罪証を隠滅することは到底至難事に属するといわざるを得ず、これに本件犯行について検察官がその参考人等及び被疑者の取調べを了していない事実を併せ考えてもなお被疑者が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとは認められない。
(二) そこで次に被疑者が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるか否かについて考えるに、被疑者は親許に居住して肩書記載のごとく山陽電軌株式会社の車掌として勤務中の者であることは認められるが、(イ)当二十七才の独身者であり、比較的親許における係類が少く且つしかりした監督者のいない事実、(ロ)過去にも同様の飲酒による傷害事件により昭和三一年、同三八年三月の二度に亘り罰金刑に処せられた事実のある他勤務先における規則の違反により最近勤務先で、若し次に再度右のような事故が惹起すれば勤務を解雇されても異存のない旨の始末書を入れていた事実が窺知されること、(ハ)勤務先の監督者においても被疑者に対してはその後、しばしば始末書の趣旨に添うような注意を繰返し与えており、本件犯行の当日、その直前においても勤務を終了するに当り右注意を与えていた矢先であるため、本件の犯行に際しても監督者の右注意が被疑者の念頭にあり、最早や勤務先より解雇されることが必定の成行きであるから、そうなれば西市界隈には居れなくなろうとの心情の動きがあつたことが窺知される事実、(ニ)被疑者が各被害者等に与えている傷害の程度がかなり大きいと認められる事実が認められるところを綜合すれば、刑事訴訟法第六〇条第一項第三号所定の被疑者は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるものと云わなければならない。
そうすると、本件被疑者は刑事訴訟法第六〇条第一項第三号に従い、これを勾留すべき理由があるから、本件申立は理由があるものとしてこれを認容すべく、勾留の理由がないものとして被疑者に対する勾留請求を却下した原裁判は失当であるから同法第四三二条、第四二六条第二項によりこれを取消すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判官 阿座上遜 山中孝茂 松田光正)
別紙犯罪事実
被疑者は、
第一 昭和三八年六月三〇日午後一一時過頃豊浦郡豊浦町西市所在のオーシヤンバー「ふじ」こと正原善人方において、客の早淵博視に因縁を付け、同人を店外に連れ出し、同店入口附近において同人の左頬部を手拳で殴打したが、それを目撃した藤井忠が両名の仲に分け入るや、それに憤慨した被疑者は次に同人の左頬部を手拳で殴打し、因つて早淵に対し全治約一〇日間を要する左頬部打撲傷を、藤井に対しては、全治約一週間を要する左上唇切傷の傷害を負わせ
第二 引き続き、同町山陽電軌株式会社西市営業所事務室内において今城太郎から前記傷害事件の注意を受けて興奮し、同所に居合せた平井政人の胸部を除雪用スコツプで強打し、よつて同人に対し約二週間の安静加療を要する胸部打撲傷の傷害を負わせたものである。